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Drハウシュカの歴史

Dr.ハウシュカ化粧品の誕生(1967年~)

すべては、ルドルフ・ハウシュカ博士が美容家エリザベート・ジークムントへ宛てた一通の手紙から始まりました。
1935年、ウィーン出身の化学者ルドルフ・ハウシュカ博士は、アルコールや合成保存料を一切使わずに長期保存を可能にする、これまでにない全く新しい植物エキスの抽出技術「リズム製法」を使って、アントロポゾフィ(人智学)に則った医薬品を製造するWALA社を立ち上げます。
それから30年近くの時が経ち、会社の理念に則った特別な
スキンケア商品の製造へと事業拡大を考えていたハウシュカ博士は、同じウィーン出身の美容家、エリザベート・ジーク
ムントに、そのアイデアについて意見を求める手紙を書いたのです。エリザベートからの返事はハウシュカ博士を熱くさせるものでした。彼女の手紙にはスキンケアに対する新しいアプローチの原案が盛り込まれていました。
間もなくハウシュカ博士はエリザベートをエック・ヴェルデン(現在のWALA社の所在地)に招き、新しい化粧品の開発に乗り出しました。そして1967年、ついにDr.ハウシュカ化粧品の基本となるアイテムが誕生したのです。その最初の基本アイテムである、 ローズデイクリーム、フェイスウォッシュクリーム、そしてフェイスコンディショナーは40年以上の時を経て、今もなお愛され続けています。

ルドルフ・ハウシュカ博士(1891年-1969年)

1891年ウィーン生まれ。ウィーン大学、ミュンヘン大学において、化学と薬学の博士号を取得。第一次世界大戦後から1925年まで、ウィーンの化学製薬業界にて主任化学者、ディレクターとして活躍。
1924年、「人智学」の提唱者ルドルフ・シュタイナー博士に出会う。「生命とは何か」というハウシュカ博士の問いに答えた「生命にはリズムがある。リズムを勉強しなさい。」というシュタイナー博士の言葉が、その後のハウシュカ博士の人生を変える。
1929年から1935年の間、人智学の医師であるイタ・ヴェークマンの招きにより、スイスのアーレスハイムの医療機関において、アルコールや合成保存料などを使わずに薬の長期保存を可能にする自然を基にした保存方法の開発に携わる。そしてシュタイナー博士の言葉を念頭に、水を基にした植物エキス抽出法の開発に成功。医学界から称賛を浴びる。
1935年ドイツのシュトゥットガルト近郊、ルートヴィヒスブルクに最初のWALA社研究所を設立。WALA医薬品の製造を開始。1950年、現在のWALA社所在地バート・ボール/エックヴェルデンに移転。1967年Dr.ハウシュカ化粧品の誕生。1969年バート・ボール/エックヴェルデンにて没。

エリザベート・ジークムント(1914年- )

1914年ウィーン生まれ。1933年にギムナジウムを卒業後ウィーンで薬学を2学期間勉強していたが、その後ウィーンの化粧品会社“To Kalón”において美容家としてのディプロム取得の教育を受け始める。それと同時に1933年から1939年の間、3カ月間パリの化粧品研究所の講座に参加し、またウィーンの化粧品サロン“Pessl”において一部インターンとして、一部従業員として働く。しかし、そこで行われる慣習的なトリートメント方法に納得できず離職。独自の化粧品開発の道を歩み始める。
生涯にわたる旺盛な知識欲は、人智学的な薬学やハーブ(特に美容に効果のあるハーブ)、古代の医学などに関する独学へと駆り立て、エリザベート独自の化粧品開発の基礎となった。
第二次世界大戦後の1948年スウェーデンに移住。1952年から1955年スウェーデン国王の許可を得て美容サロンを設立。
1955年、エックヴェルデンにあるWALA社を初訪問。1963年ハウシュカ博士から受け取った1通の手紙をきっかけに、WALA社へと招聘され、新しい化粧品の開発に着手。この化粧品開発では「肌本来が持っている力を引き出す」というエリザベートの理念が常に中心に掲げられていた。
1967年、Dr.ハウシュカ化粧品がついに誕生。エリザベートはDr.ハウシュカ化粧品の母と呼ばれている。

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